2010年7月17日土曜日

教師像

教育の授業で耳にした教師像とは何か。

それはどのようなものか。
「教師は役者であれ」というもの。そして生徒の成長のためには進んで嫌われなさい、というもの。

基本的には賛成できない。
確かに生徒のやる気を喚起するため、発達を促すという意味では時には「役者」になるべきかもしれない。
時には嫌われるのを恐れず、指導するべきかもしれない。

だがいつでも役者として、生徒と接していては生徒も教師を人として見てくれることはないのではないだろうか。教師はありのままで接してよいと思う。生徒としかと向き合うには、それが大切だと感じる。

もうひとつ。生徒に嫌われてもよい。これは絶対にだめだろう。生徒の発達のためにきちんと指導はするが、好かれなければ生徒は、教師の言葉に耳を傾けない。授業も聞いてくれない。いくら立派な先生でも、嫌いな先生の話というのは、生徒はあまり聞きたがらないものだ。人は信頼関係がなければついてこない。生徒をある方向に導きたいと思うなら、好かれて信頼関係がなければ。

それを念頭に置いて、教育の場に臨まなければならない。

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