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2011年9月15日木曜日

東京の印象と感想

久々の更新ですね。今回は随想というより、雑記です。

先日友人と横浜・東京に行ってきました。目的が慶応大学で行なわれた学習英文法シンポジウム参加のためだったので、旅行と言えるほどのものでもなかったですが、一応感じたことを残しておこうかと思って。


旅行初日、広島から新幹線に乗って新横浜に向かいました。新幹線もあまり長時間乗ると苦痛かな。広島~鹿児島中央の2時間30分は耐えられるけど、広島~新横浜の4時間はあまりに耐え難かったです。できれば東京まで新幹線で行くというのは、もう嫌かなって思います。

苦痛に感じた理由は複数あります。
一つめに人の多さ。広島駅では人がほとんどおらず、「平日の新幹線って空いてるんだ。楽だな。」って思っていたら、姫路や新神戸の辺りから人がぞろぞろ。新大阪・京都・名古屋で人数がピークでした。窓際に座っていたから、トイレにも気軽に行けない。あれは隣に人がいるから、ゆっくりと座れなくて大変でした。
二つめに風景かな。風景がひっきりなしに変わるんです。田舎を走っていたと思ったら、トンネルに入って、街が見えてきて。風景が変わっていく様子は大好きなんですけど、あんなに早く変わると、全然おもしろくないし、風情がないかなって思います。あと目が回ってしまうから、疲れてしまうし。そう考えると時間はかかるけど、ドライブでの旅とか電車の旅はすばらしいと思いますよ。一つの国の中で風景や雰囲気があんなに変わっていくのを感じるのは、本当に心がうきうきしてくるから。

友人と名古屋で合流し、新横浜で降りました。ホテルに向かうため、新横浜から横浜へ向かいました。初めて横浜行ったんですけど、線が多すぎて探すだけで疲れました。線が多いと移動には便利だけど、乗り換えが面倒ですね。それに比べて広島は単純なのでわかりやすいです。なにはともあれ、友人の助けがあり、なんとか横浜に到着。しかしそこで気づくのです。ホテルがあるのは新横浜の方だと。戻らなくちゃいけない。そしてそれに気がついたのは、横浜で改札を通る前。これなら払い戻ししてもらえるかもと期待しましたが、むしろ新横浜~横浜間の料金をもう一度支払うはめに。都会はなんて融通が効かないだと感じました。

そしてすぐに鹿児島・広島に帰りたくなりました。これにも理由があるので書いておきます。
まず都会の冷たさの洗礼を受けたことでしょうね。新横浜~横浜間の金額を二重に取られたこと。田舎ならたいてい通してくれるんですけど。駅員の態度もどことなく冷たい。

次に街の雑踏と圧迫感だと思います。高くて大きくてビルがたくさん並んだ風景。あんなものにずっと囲まれて暮らしたり、あの間を歩いていると気疲れします。高くそびえたビルが襲いかかってくるように感じたのかな。そして、人がひたすらたくさんいる。しかもあれだけ人がいるのに、ぼくのことを知っている人や、気にかけてくれる人はいないという感覚。ぎすぎすしていて、心落ち着くことがありませんでした。

そしてあの雑多な感じ。そしてアパートや家、ビルがぎっしりと立てられていている。人がたくさん住めるように、とりあえずどんどん建物を建てましたという無造作な感じ。耐えられませんでした。

もう一つ。新横浜に着いた時間もいけなかった。夕方で日が沈み始めていて、街は寂しい雰囲気。電車の中の人々に何か寂しいものを感じ取らずにはいられませんでした。ぼくがその人たちの何を知っているかと言われたら、「何も。何も知らないよ。」としか言えないのですが、人々を見るのがつらかったです。週末だったから、実際みんな疲れていたかもしれないですし。

そういう印象を初日から強く受けたせいか、次の日の朝には東京滞在が憂鬱でしかなかったです。


楽しいこともありましたよ。それは人々の思いを想像すること。あれだけたくさんの人たちが住んでいるんですから、みんなそれぞれに思いを持って生きているんだろうなって感じます。どんな思いで生きているのか、そこにいるのかって想像するのはとてもおもしろいことだと思います。特に名前も何も知らない人たちの思いを想像するのはおもしろいですよ。
楽しいのはそれだけだったかな。
あとは友人とゆっくり話す時間ができたことくらい。


ただ滞在がとても短かったのも事実です。東京の魅力を見つけられなかったのは残念でした。東京には必ず何か人を魅了するものがあるに違いないと思います。どんな場所も何かしらの形で人の心を惹きつけたり、何かを感じさせてくれると信じています。また東京にリベンジしたいと思います。次は東京の魅力と、旅の楽しさを感じるために訪れたいと思います。

2011年7月2日土曜日

「英語はコミュニケーションのツールである」という認識にもの申す

水村美苗著『日本語が亡びるとき』を教材とした授業があることは以前のブログでも書いたと思います。一応もう一回説明しておくと、その授業では1人ずつ2分ほどのスピーチを作って、それをクラスの中で発表し合う授業です。
最近、『日本語が亡びるとき』の内容を受け、クラス全体である意見が多く聞かれるようになりました。それは「英語はコミュニケーションのためのツールである」ということ。
多くの人が学問や情報入手のために使うようになった英語。日本語はその学問・情報入手という観点では価値をほとんど失ってしまった。人々は日本語で書くこと、読むことをやめてしまうのではないか。そのようなことが危惧される中で、日本語が亡びるのを食い止めるには何ができるか。その解決策の一つとして、「英語はあくまでコミュニケーションツールの一つである」ということを念頭に置き、教育を進めるという意見でした。
しかしわたしはその意見にあえて異議を唱えようかなと考えました。

「英語をコミュニケーションツールの一つとして捉えること」の問題点、それは英語を言語として捉えていないということです。英語も日本語と同じ言語です、言葉です。英語には英語の言語としての魅力があるでしょう。わたしが読んだ洋書の数はほんのごくわずかなものですが、それら洋書が与えてくれた、読書することの喜びや興奮というものは、和書に決して劣るものではありませんでした。英語にだって、日本語にはない独自の味わいがあります。それをツールの一つだと割り切っていいものかどうか。当然日本全国民が洋書を読む必要はありません。英文の美しさ・趣に触れる必要もないと思います。ましてやそれを全児童・生徒に教え込むことなんてできやしません。しかし言語を教える者として、言語をすべて同等のものとして扱うという精神は必要でしょう。外国語を尊重する、尊敬するとでも言い換えられましょうか。
そのことは教育基本法の理念にも適っているのではないかなと思います。教育基本法第二条の五です。「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」とあります。他国尊重とは、他国の言語を尊重することです。ある国を国たらしめるのには、言語が大きく関わるとわたしは考えるからです。国が持つ価値観や生活、環境といったものは言語が関わっていると思うからです。言語を尊重できないのに、国を尊重することができるでしょうか。わたしはそうは思いません。
英語を母国語とする人もいるということを忘れてはいけません。彼らにとっての英語は、わたしたちにとっての日本語と同じなのです。ただのツールではないのです。彼らにとっては英語が自分の文化なのです。自分のアイデンティティなのです。
わたしが危惧するのは、「英語はツール」と割り切るのは、英語を母国語としている人々のことが軽視されてしまうのではないかという点です。

これがわたしが「英語はコミュニケーションツールである」という意見に反対する言い分です。
このことはわたしが最近本当に考えていることです。教える側の人間は言語というものを平等に扱い、少なくとも教える際には自分のバイアスというものを取り払うことが重要かな、と思います。

2011年6月30日木曜日

ある教授のお話

お昼に階段を下りているといると、コースの先生とばったりお会いしました。そこで久しぶりだねとあいさつ。わたしはその先生の話の内容、立ち振る舞いがとても好きなので、お話を伺いたいと言うと、なんとその場で話をしてくれました。階段の踊り場で話です。本当は今度先生の研究室にお邪魔してと思っていたのですが、せっかく先生が話してくださるというのでその場で決行。

以下は先生のお話とその感想です。
お話自体が10分足らずであり、聞いた話を思い出しながら書いたので内容はめちゃくちゃかもしれないです。

1 言語は創造性に富み、アートそのものである
先生は1400年頃の英語を研究していたそうです。聞いたかぎりでは、英語そのものだったのか、英語史だったのかは定かではありません。その後はチョーサーやシェイクスピア、ディケンズなどの文学や詩を研究しているそうです。

「詩や文学、そしてそれを表現する言語。それらはすべてアートである。言語は創造性というものを持っている。言語によって創造性が広まる、深まる。それだけでなく、創造性によって言語は変化する。実際に客観的な視点から主観的な視点へ、言語の意味は変化した。人間の創造性によって、言語が変化した。」

わたしたちが美しいと感じる文学も、風景や風情を生きいきと見せてくれる詩も言語によって表現されています。もはやそれは芸術そのものです。

英語の詩・文学という分野は興味があるのですが、どうしても敷居が高いというイメージが先行してしまい、まだまだはまりきれていないですね。英語での詩や文学は、日本語よりも風景や美しいものを描写するのに優れた言語だと、わたしは思っています。感覚的にしかわからないのですが、形容詞が多いからでしょうか、日本語よりもより鮮明に情景描写のできる言語だと思います。(一方、日本語は心情描写というものが英語よりもきめ細かいと感じます。英語での心情描写は、こう直接うったえかけてくる感じで、日本語はゆっくりと迫りくるような感じですかね。抽象的すぎますし、専攻していない分野のことを話すので恐縮です。このあたりは文学部の人や、感受性の高い人と話してみたらおもしろそうです。)
そして情景・心情・美しさなど、言語が表すことのできるものは無限です。それは先生がおっしゃる通り、情景や心情などが言語にその無限の可能性を与えているので、言語もそれらを限りなく表せるのです。言い換えると「言語と言語によって表される事象は、相互作用を起こすことで、創造性が高まる」といったところでしょうか。
この分野は、もっと文学や詩に触れてからぜひ書き直したいですね。

2 授業は作り出すのではなく、生み出されるのだということ
先生が、今全然研究できていないことは「教育」だとおっしゃっていました。とはいっても、先生は自身で考えていることがあり、それが「授業は作るのではなく、生み出されるもの」 ということでした。授業でこれを言おう、あれを言おうとすると、うまくいかないことが多い。生徒には届かない。生徒もひいていく。

わたしもそうだと思います。もちろん生徒にどういう意図で何をどんな順番で教えるかという、「仕掛けられたもの」は重要だと思います。それはたとえるなら設計図だと思います。設計図は必要ですが、まったくそれ通りにしか動けないというのもまた問題です。先生はそういう部分を指摘したかったのだと思います。

やはり先生とお話しするのはいい機会だなと思います。わたしよりずっと長く勉強しているわけですし、博識です。ぜひわたしも憧れる先生のようになりたいものです。

2011年6月21日火曜日

被災地農作物の被災地外への影響

昨日わたしは次のようなツイートをしました。

「両親がキャベツを出荷したらしいですが、1個当たり10円らしいです。これでは市場に持って行くガソリン代どころか、種代にもなりません。ふつうは安くても1個当たり70~80円するんですけどね。」

「両親曰く、関東や東北のキャベツを作っている農家が、安くでもいいから買ってくれと市場などに訴えていて、非常に安い値段で、しかも大量のキャベツが出回っているので、鹿児島のキャベツも安くなってしまう、とのこと。結果共倒れのような状況ですね。」

すると数名からメッセージをいただきました。被災地以外の農家の現状を知ることができてよかったという旨のメッセージです。そこで父との話のこと、農家の現状について少し詳しく書きたいと思います。

まず、ツイートにあるように父がキャベツを市場に出荷したところ、1個当たり10円でした。120個ほど出荷して、1000円ちょっとの値段だったそうです。これは今までにない値段です。キャベツは箱1つに6~8個ほど入れて出荷します。一箱あたり700円前後(これも常に変動します)ですから、通常なら1個当たりで80円ほどでしょうか。わたしが知る限り最も安いときで、一箱600円でしたから、それでも60円前後でしょうか。高いときなら、一箱1200円することもあります。

今回のこの安値には、被災地が関わっていると、父は言います。今回の原発の風評被害のためにキャベツ農家はキャベツが大量に余ります。とりあえず安くでもいいので売れないと、彼らにとっては死活問題です。受け入れられたキャベツは大量にあるので、値段は下がります。数がたくさん出回っているなら、他のキャベツも安くなるわけです。

1個あたり10円では、農家としてはお手上げの状況です。これでは利益どころか、かかった経費の足しにもなりません。どれくらい経費がかかるか考えてみましょう。まず、当然種代がありますね。そして、植える畑を耕すために使う農機の燃料、農薬、肥料などの経費です。出荷する際の箱などは指定されているので、箱代もいりますね。市場に持って行くガソリン代など、とにかく農業にはお金がかかるのです。

今回父が寂しそうに言っていたのがずっと心から離れません。「今回のキャベツはね、すごくきれいにおいしくできたのにね。」農作物はものによりますが、手がかかります。それだけ手をかけて育てるのですから、それなりの値段で売れないと、農家としては生活もできないうえに、がっかりです。

今回わたしが農家について書いたのは、被災地でない農家の現状も知ってもらいたいからです。すべての農家がわたしの父と同じ状況ではないでしょう。
そして農家が何を望んでいるかは、まちまちでしょう。こうしてほしい、どうしてほしいということは、ここでは述べません。知ってもらうことが第一歩だと思います。

2011年5月29日日曜日

人が労働する理由

今回のテーマは「労働をどう捉えるか」ということです。タイトルは仰々しいですが、中身は薄いものです。気軽に読んでいただけたら、と思います。

さてわたしは労働に関して思うことがあります。「できるだけ少ない時間で、楽にしたい」ということです。労働なんて自分の時間を奪うものであって、よいものではないですよね。特に父の農作業を手伝っているときに、こう思うわけです。

父の仕事を手伝うと、たいてい丸一日つぶれます。朝8時くらいから夕方4~6時くらいまで手伝わされます。昼食時間も1時間はありません。たいてい30~40分したら、また仕事再開なんです。仕事が終わっても、夜は疲れています。とてもでないけれどタスクはできない。本を読むのでさえ、しんどいですから。
そこでわたしは父と仕事をするときは、いつも「早く終わらないかな」とか「もう今日はこれだけで十分じゃん」とか思うわけです。すると父は「今日はあの畑までは終わらせる」とか「まだまだやる」という風に返してくるわけです。一日でできるだけたくさんの仕事を終わらせたいんでしょうね。今日も台風が来ている鹿児島の父に電話をすると、台風が来る中、仕事をしていました(といっても、ビニルハウスの中での仕事です)。わたしが「台風来てる間くらいやめればいいのに」というと、「台風が来たくらいで、仕事を休めるか」というのです。

もう一つ例を出しましょう。高校時代にお世話になった英語の先生の話です(今もお世話になっています)。他教科の先生が出張等で授業が自習になると、その先生はその時間をもらって英語の授業をする先生でした。わたしが先生ならわざわざ自分の授業を増やすようなことはしません。「労働は少ない時間で、楽にしたいから」です。自分の貴重な時間だとか休める時間を割きたくはないのです。

しかし父と先生は自分の時間を割いて労働をします。そこで疑問に思ったわけです。労働に対する考えだとか、労働を進んでするという気構えはどこから湧くのか。
それはお金であったり、義務感ということがあるかもしれません。少なくともわたしの父に関してはそうだと思います。家族や子どもを大学に行かせるには、懸命に働かなくてはなりません。
先生に関しては、教えたいことがたくさんあったりだとか、先生の持つ信念なるものがそうさせるのだと思います。「まあ仕事だから仕方ない」という考えがあったとしたら、自分から授業を増やすなんてことはしないでしょうから。

わたしなりに考えてみました。労働をやりとおせるのは、「その仕事が社会、または誰かから必要とされているから」ではないか。まあこれは言い方を変えれば結局は義務感であったりもするわけなんですが。社会がうまく機能して、わたしたちの生活の豊かさが保たれる、または向上するためには、何者かが何か仕事をしなくてはいけません。
わたしは父を見ていて、ときどき「よく農作業なんて大変な仕事できるよな」と思うことがあります。必要な仕事だから、父はそれをできるのだと思います。人は食べなくては生きてはいけない。社会がうまく機能するためには、食べ物を作る農家という仕事が、そしてそれを担当する人が必要なのです。
教師という仕事もそうです。「国を託すことのできる、新しい世代を育てる」ということが社会を動かすには不可欠です。なので先生も教えるという仕事をやりとおせる。その仕事が必要とされているから。

そういうものかなと思います。
もちろんこれを意識している人はあまりいないと思います。少なくとも、わたしの父がそんなことを考えて仕事をしているとも思えません。しかし、それは表にでてこないだけで、知らないところでは人を労働へと突き動かす原動力になっているかもしれません。
社会にはたくさんの労働があります。明日から見かける労働している人々を、このような視点で見てみると「労働って何だろう」とか「あの人は何を持って労働しているのだろう」とか考えられて、おもしろいかなと思います。

2011年5月3日火曜日

K高校の生徒たちとの交流; 質問への回答

今回のゴールデンウィークを利用して帰省することにしました。いつもなら高速バスでのんびり帰るのですが、新幹線も開通しましたし、高校のときにお世話になった先生に久しぶりに会おうと思い、鹿児島市内に帰りました。

先生のお宅に泊めさせていただいて、翌日帰ろうとしていたところ、現在先生が勤務している学校の生徒に話をする機会をいただきました。はじめどうしようか迷いましたが、せっかくだったので、話をさせていただくことに。

先生の車で移動して、学校に到着。先生の後ろについていき、教室に行くと生徒さんたちがいました。その後生徒さんたちが全員集まり、いよいよ話をすることに。とはいっても何も準備していませんでした。先生や生徒さんたちがわたしに質問をする形で、大学生活や高校時代の過ごし方などについて話をすることになりました。

そこで、今回は生徒さんたちから受けた質問と、わたしなりの答えをもう一度ここにまとめておこうかなと思います。わたしの答えを生徒さんたちがメモを取ってくれている姿も見られましたし、わたしが彼女たちのために何かできることといえば、情報提供や、質問されたことをわたしなりにまとめて伝え直すことくらいです。

1. 英単語を覚えるにはどうしたらよいか
最初の質問は「英単語を覚えるのが苦手なのですが、どうしたら覚えられますか」というものでした。わたしも苦手です、未だに。わたしが考えるのは、単語帳とにらめっこするよりは、単語が実際に文の中で使われている例に触れて、その文を音読して文ごと覚えてしまうのがいいかと思います。文で覚えた方が使用例も覚えられて役に立ちそうです。また単語を入れ替えたりして、応用も利きそうです。また文を音読して覚えるというのが重要でしょう。耳と口、視覚を使用して覚えることで、長期的な記憶になりやすいのではないでしょうか。

2. コミュニケーションできる授業は大学では開設されているか
何を「コミュニケーション」とするかによりますが、英語で話をする機会のある授業はあります。大学では様々な授業が開講されているので、調べてみるといいかもしれません。他学部の授業なども探してみると、おもしろいかもしれません。コミュニケーションをする授業を取ろうと思うなら、知識を広げておくといいと思います。英語でぺらぺらと話をしているのをみると、自分もそうなりたいと思うものです。しかし中身のない会話しかできないというのは、コミュニケーションをしていても話が深くなりません。コミュニケーションできる授業はあると思います。英語で話すのは楽しいものです。それと同時にコミュニケーションする内容が深くなるように勉強したり、本を読んだりもしましょう。

3. 県外大学に進学することのメリットは何か
メリットと呼べるようなものはないかもしれませんが、変化というものは大きいです。まず第二の故郷ができることでしょう。新しい土地の食事や文化というものは、少なからず自己を拡張できるでしょう。わたしの場合は広島の大学に進学しましたが、プロ野球の試合に興味を持つようになり、カープの応援をしています。
二つ目に「郷土愛」が湧くことです。これまで暮らしてきた地元というのは、生活や風景など、すべてが当たり前です。しかし県外進学でそれは大きく変わります。地元に帰ってくると、また頑張ろうという気持ちになります。
こんなものでいいですか。

4. 今の大学進学を決めた経緯
実は高校のときの担任と副担の先生に勧められるがままに受験したところ、合格してしまいました。勧められるがままでしたが、大学進学はしたかったので努力はしました。毎日夜8時まで勉強や面接対策等を指導していただきました。(わたしはAO入試だったので、書類、筆記、面接という試験内容でした。)
ちなみに勧められるがままの大学進学というのは、入学後のはじめは後悔しました。しかし大学で勉強をしていくうちに、自分が何をしたいかということよりも、だんだんとわたしは何をすべきかということや、わたしが果たすべき役目や使命を考えるようになりました。今では進学してよかったなと思っています。

5. 英語を使った仕事がしたいが、どう進路を決めたらよいか
英語を使った仕事というのは、とても曖昧な将来像だと思います。しかし高校生の段階ではそれでも構わないと思います。進路を決めなければならないというのはわかっていても、高校時代に将来のことを具体的に決定するのは、極めて難しいからです。高校生までの教育というのは専門性が高くはないので、将来像が見えるわけもないと思います。
英語を使った仕事がしたいなら、高い英語力が必要です。まずは学校の課題を確実にこなすことでしょう。そのうえでプラスαの学習をしましょう。比較的容易に取り組めるペンギンリーダーの洋書に挑戦したり、以前に紹介した「実践ビジネス英語」http://takumagic.blogspot.com/2011/04/nhk.htmlなどを使ってディクテーションや音読を繰り返して、耳と口を鍛えることをおすすめします。英語は言語です。英語の音声面の練習も欠かせません。
そして英語以外の技量を身につけましょう。「英語を使える」のではなく、「英語を使って何ができるか」ということが大事です。幅広い勉強が必要です。
自分が何ができるか、それがわかれば進路は段々と決まってくると思います。

6. 数学が苦手だが、克服するには?
ひたすら数学の勉強に取り組むことだと思います。わかる・できるという体験の繰り返しが苦手という感覚をなくしてくれると思います。同じことを話しますが、わたしの経験を話します。どうしてもわからない問題があったときに、他の教科の勉強をまったくせずに、数学の問題一問に3時間程取り組んだことがありました。やっとのことでその問題を解いたとき、数学のおもしろさは思考の過程にあると知りました。解法を覚えようとするだけではなく、このような経験をしてみると、数学の苦手を克服できるかもしれません。


とりあえず思い出せる限りの質問と、それに対するわたしなりの回答をしました。わたしも大学生活の最中でまだまだ未熟ですが、わたしの話に耳を傾けてくれた高校生がいたので、書きたくなりました。わたしも偉そうに書いていますが、自戒の意味も込めて書きました。

K高校の生徒さん、話を聴いてくれてありがとうございました。話する機会を与えてくれた先生にも感謝です。

2011年4月11日月曜日

Brian May: 震災へのメッセージ

東日本での大地震から今日で一ヶ月でした。
わたしはなんの被害も受けていないですし、この地震については考えることは多少はありますが、意見を述べるのは控えさせていただきます。知らないことが多すぎます。原発のこと、復興に関すること、まだまだ知らないことばかりです。

わたしの意見の代わりにQueenのギタリストであるBrian Mayが日本に寄せたメッセージを紹介したいと思います。Queenはデビューしたてのころ、日本で爆発的なヒットを起こした伝説的バンドです。わたしの最も好きなバンドです。特にBrian Mayはメンバーの中でも、わたしがロールモデルと(勝手に)している人物です。話がそれました、もとに戻します。

彼らは宮城・仙台など東北地方でもライブを行なっています。今回のことでBrian Mayが震災にあった宮城を含め、日本にメッセージをくれたということです。彼は3月13日にはメッセージを寄せてくれています。

ありがとう、Brian!

海外のアーティストがメッセージをくれているのだから、頑張ろうとは言いません。わたしには「頑張ろう」なことを言う権利もないでしょう。しかし彼がこうやって日本に応援メッセージをくれているということがわたしは嬉しかったですし、それを紹介したかっただけです。


またQueenはTeo Toriatteという日本語歌詞つきの楽曲も発表したことがあります。ぜひ多くの人に聴いてもらいたいです。



日本語の歌詞と言えば、Freddie Mercuryのこの曲。



Queenやメンバーの魅力についてはまた別の機会にしましょう。


追記
リンクを表示できるようになりました。やり方を教えてくれた友人の奥君、ありがとう。
彼のブログもすばらしいですよ。ということで彼のブログのリンクはここから。

2011年3月19日土曜日

視聴者のための報じ分け

今回の東北地震に関する報道で感じたことがありますので、それを書きます。

11日の金曜に地震が起こりました。その日のテレビ番組は地震に関する放送が並びました。問題は次の日です。次の日の報道はすべて被災地現地のニュースでした。福島や宮城に関するものばかりです。しかしその日の朝のツイッターのタイムラインには、どの公共交通機関が動いているかの情報確認と情報提供で溢れていたように思えました。

そこでテレビの報道やニュースを報じ分けることはできないのかと感じました。すべての局で被災地が放送されていました。被災地の被害はこれまでにないくらい甚大でした。しかし関東の人々も確かに被害は受けており、そんな中通勤や通学等しなければならない人々も多かったはずです。ある局は被災地を、別の局は関東の公共交通機関の状況などを放送して、混乱を避けるべきだと感じました。

また被災地の放送に関しても報じ分けが必要だと感じました。原発・安否確認・津波など似たような情報が、それぞれの局で報じられていました。それぞれの局が報じる内容を分担して放送すれば、効率よく視聴者のための報道になったのになと感じます。このような緊急事態だからこそ、テレビ局が連携して情報を提供していくべきだと思います。ぼくらネット世代は自分たちで必要な情報を探すことができますが、ネット環境の中にいない人々や、ネットの世界を知らない世代の人のためにも、テレビの報道は視聴者のためにあるべきだと感じます。

2011年1月27日木曜日

教員になるためのプロセス:センター試験との関連から

今日の英語教育史の授業でセンター試験の話がふと出ました。センター試験による序列化はよくないという話でした、確か。ぼく自身はAO入試で入ったのであまりセンター試験のことを意識したことはなかったですが、この序列化の話で引き合いに出された例がおもしろかったので、それについて少し意見を書きます。

ある高校生が社会の教員になりたいそうです。その生徒はある大学の社会科教員養成コースに入ろうと決めていました。しかしセンター試験の成績があまり芳しくなく、大学の試験との合計がとても足りそうにないそうです。そこで同じ大学の教育学系コースに入ろうと考えている、という例でした。センター試験の序列化によって、このようなことが起きている。社会の教員になりたいのに、教育学系コースに入るのはおかしいでしょというのが、教授の意見でした。

しかしぼくはそうは思いません。教育学系コースでも社会科教員免許は取得できます。もちろん社会科コース同様の過程を経てです(教育実習も同じように履修します。ただ少し社会科コースよりは少ない単位でということになりますが)。さらに教育学系コースならば、教育行政や学校運営の基礎を学ぶことができます。そのような過程を経て教師になった人ならば、通常の社会科教員では教えられないことも教えることができるはずです。何も授業の方法論だけが、その教員の力量ではないわけです。教師の中に従来とは異なるプロセスを辿ってきた方がいても、平等な評価を受ける権利があると思います。

ということを授業中に考えていました。

※ぼくのセンター試験に関する知識不足・現場の状況も把握していない一学部生の意見なので、間違いやほかに意見等あれば、お知らせください。

2011年1月14日金曜日

日本人の無宗教

冬休み中にブログに書きたいことをメモしてためていました。
書きたい・おもしろいと思ったことがあったらメモしておいて、できるだけ早く文章化する、これが冬休みに感じたことです。

ということで、日本人の無宗教について書きます。内容は本当に浅いですが、これをきっかけに考えていって、自分なりに考えが深まったら、また追記していくという形にする。そういうやり方でいいのだと思うのです。要は考えるか・考えないのかですから。では書いていきます。

授業で宗教の話しが出ました。コミュニケーションの授業だったのですが、先生が話を広げるのが上手かつおもしろいので、すっかり夢中になってしまいました。西洋の宗教は従来一神教なので、人間の単数性という考え方しかなかったのではないかということでした。これがコミュニケーションに結びついていくのですが、ここでは避けましょう。

これを聴いたとき、とても不思議な気持ちでした。ぼくは人間の複数性について記事を読んだときに「なるほど」と納得したのですが、人間の単数性の話が出てきたときに、「そういう考えもあるよね」と自然と思えました。これはぼくの無宗教の特性がよく表れているのではないかと思いました。
日本人の無宗教は、宗教の知識・背景を知らない。ひどい場合になると興味がない、末期になると煙たがるというものですが、無宗教ゆえの寛容性も同時に秘めているような気がしました。

自分の宗教を信じるのは自由、どの宗教も悪いとは思いません。ただし人を不幸にするようなものをぼくは宗教だとは思いませんし、そんなものは認めません。同じ人間なのに、宗教のために命を捨てる、または奪うのはおかしなことだと思いませんか(これも無宗教の考え方でしょうか。)どの宗教もおそらくは人の心の支えとなる、生き方の指針となるもののはずですが、人を不幸にすることもあるというのは奇妙なことです。

日本人の無宗教は悪という考え方が多い気がします。なぜでしょうか。それはあまりにも宗教に無関心ということだと思います。寛容以前の問題です。なのでこれからぼくは、宗教のことを何も知らない・興味もないというのを無宗教と呼んで、宗教の知識もあるしそれを毛嫌いもしないけど何も信仰するものがないというのを非宗教と呼ぶことにしました。非宗教だからこそ、見えるものがあるとそう思うのです。

これは決して信仰をもつ日本人を誹謗・中傷するものではありません。信仰するものがあるなら、それは自由です。

非宗教の人も少しは胸を張って生きていけると思います。

2011年1月6日木曜日

袖触れ合うも多生の縁

新しい年ですね。思えば昨年もあまりブログ書きませんでしたね。これからはしっかり書きたいですね、普段感じたこと・学習したことを残すという意味でも。
短いものであっても、残すのと残さないのは大きな違いですね。
というわけで、新年一つめのブログです。

今日は鹿児島から広島に行く日。いつものように高速バスで移動でした。すると隣は女性。普通なら女性と隣り合うことはないのですが。その女性がまたとてもかわいい人でした。Twitterでそのことをつぶやくと、「話しかけたら?」というコメント。背中を押され俄然その気に。しかしやっせんぼなぼくは、なかなか話しかけることができず、サービスエリアまで何も起こりませんでした。しかしサービスエリアでガムを渡すと、少し勇気が出てきました。そこから話しが少し弾みました。出身地、何をしているかなどを話しましたが、とても楽しい時間でした。その方も学生だとわかり、話しやすかったです。ほんの少ししか話せませんでしたが、今はとても満たされた気分です。

日常過ごしていて時々感じるのが、一般に日本人は隣にいる見知らぬ人とは話さないということです。以前本で読んだことがありますが、日本に住んだことのあるイギリス人が日本の電車に乗って、隣に座った日本人に話しかけたところ、変な目をされたという経験談でした。だから日本の電車はおもしろくないと彼は言ってました。

思うに隣に見知らぬ人が座ったときに、その人と話ができるというのもコミュニケーション能力の一つかもしれないですね。相手との距離を縮めながら、自己開示をする、相手に合わせる、相手のことを知っていくというのはコミュニケーションでしょう。機会があれば積極的に見知らぬ人と会話をしていきたいですね。それってとてもすばらしいことだと思いますから。とてもわくわくしますしね。加えて、英語教育でコミュニケーションを扱う人間として、それを探求していく姿勢、そのためにもコミュニケーションをたとえ見知らぬ人とでも図ろうとすることはとても重要です。

それにしてもかわいい人で、学生とは思えない程大人っぽい人でした。

2010年12月20日月曜日

人の模倣をするということ

授業の一環で田尻先生の英語教育の授業を映像で見た。
といってもぼくは授業を欠席していたので見ていません。このビデオを見た次の週に復習として、先生が授業の始めで扱いました。その復習の中で、我々が田尻先生の実践を真似してもうまくいかないだろうということをおっしゃっていました。ぼくもその通りだと思います。

人の真似をするということについて、Queen のBrian Mayが次のように述べたことがあります。「ギターのテクニックにしろ、何にしろそれらを取りいれることはいいことだと思うよ。ただしそこに自分の工夫や自分らしさがあればね。いろんな人が工夫を加えていくことで、よりよいものになるだろうから。」「自分のリックを作ることを忘れちゃだめだよ。もちろん自分で使えるものを学ぶために他人のをやるのはいい。何もないところから何かを生み出せる人はいないしね。他人のプレイをよく聴いて、自分でもやってみることだ。」彼は学生バンドの頃、Jimi Hendrixなどのギタリストのコピーをしていたらしいですが、その中にも自分らしさを探し出すようにした、と言いました。そういう工夫を重ねてきたからこそ、彼の才能とそれとが相まってすばらしい曲・音を生んだのだと思います。

英語教育も同じだと思います。よいと思った教材・教授法をどんどん取り入れる。ただしその中に自分なりに意味が見いだされていること、自分らしい工夫がなされていることが条件です。そうして教材・教授法がよりよいものになっていくのだと思います。

英語教育界でも、指導者がもっともっとお互いのよいところを取り入れて、発展していくといいと思います。

2010年11月13日土曜日

田舎コミュニティの良さ

実家に帰って感じたこと・学んだことシリーズの第2弾目です。
田舎コミュニティについて。

ある日母にインフルエンザの予防接種に行けと言われました。去年は予防接種したにも関わらず、新型インフルエンザにかかりました(新型はワクチンができていませんでしたけど。)今年からは従来のA香港型とBソ連型に加え、去年流行した型のワクチンも含んでいるそうな。

そこで本当に田舎の小さなクリニックに行きました。アポなしで行ったのですが、快く予防接種してくれるとのこと(さすがは田舎のクリニック!)そこの院長の先生と話す機会がありました。

「大学生?」「はい」
「どこの大学?」「広島の大学です」
「そう。何学部?」「教育です」

会話は続きます。
「去年インフルエンザかかった?」「はい、新型に」
「新型か。始めはきついかったかもしれないけれど、少し休んだら治ったろ?」「はい、二日くらいで」
「新型でどれくらいの人が亡くなったと思う?」「検討がつきませんね」
「本当?実は500人もいないんだよ。亡くなった人は元々重い疾患を持った人たちが多かった」「そうなんですか」
「じゃ、従来の型ではどのくらいの人が亡くなったと思う?」「やっぱり500人くらいですか?」
「いや、一万人以上だよ」「本当ですか?」
「ああ、本当だよ。メディアはまるでデマゴーグ(こういう用語を使うのはさすが知識人といったところ)のように煽りたてたろ。だが従来の型の怖さやその深刻さは伝えなかった。子どもたちを教えるなら、本当のことを、本当に大事なことを教えてね」「はい」

という会話の間にワクチン接種は終わってました。大学に入ってからあまり経験することのなかった新鮮な気持ちでした。田舎ならではの、人の多くない場所だからこその素晴らしい経験だったかもしれません。実家はとても田舎な場所ですが、そんな実家が大好きです。帰るたびに何か発見をくれるから。

皆さんもたまには実家に帰ってみるといいかもしれませんね。

ではまた書きます。

2010年11月12日金曜日

『「ある」と「ない」』 『身の周りに感謝したい』から

二人の友人が嬉しいことにぼくのブログに関連したブログを書いてくれていたので、彼らの意見・考え等について書きます。


http://sato-system.blogspot.com/2010/11/blog-post_09.html
まず、Satoh380君の意見。
ぼくの言いたいことを彼自身のエピソードと、わかりやすくて読みやすい文章に変えてくれました。ぼくは一例で自分の犬の死を書きましたが、彼の言うとおり生物に限定しないです。物でもなんでも当てはまります。失くしてみて初めてそのものの大きさに気づくなんて、日常生活をよく見まわしてみるとたくさんあります。


http://varrie-alyabani-uk.blogspot.com/2010/11/blog-post.html
彼の意見もなるほどと思えるものでした。存在はしだいに当たり前になっていき、それがあるということに感謝するのは難しいです。そして失くしてから、「ない」ということに気づく。そう考えると、そこに「ある」という感覚はなくて、「ない」という感覚はあるという風に言えるかと思います。


しかしずっとそれではいけない。人間は成長なる過程でたくさんのものを失くしていきます。それらがあるうちに、その存在を実感し感謝できるようになっていくのが大人になることの一つだと思います。それがいつできるようになるかはわかりません。だからこそ、Yuki Oku君のいう「失ったものというのはその役目を終えて失われた瞬間に私たちはに自分を客観視させるという第二の役目を果たす」ということが言えます。ぼくはOku君のこの表現が大好きです。その通りだと思います。人間は身近な大切なものに気づかないから、失ったものが人間に諭してくれるのでしょう。ですからぼくの犬は、身近なものを大切にしなさいということを最後に教えてくれました。


なんだか自分のエピソードを美化しすぎた気もします。しかし自分の書いたブログからこれだけ多くの意見が出てくるというのは、とても嬉しいことです。


最後に二人の優しい言葉に「ありがとう」

また書きます。

2010年11月7日日曜日

愛犬の死から学んだこと

この一週間で実家に帰っていました。実習終わって授業もあるのに無理やり休みの時間を作って帰りました。
理由があります。


教育実習中に愛犬が死にました。夏休みの間から元気がなくて心配していましたが、親が夏バテで暑いだけだろうと言っていたので、何も考えずにいました。しかし、やはり十年近く飼っていたので寿命だったのか十月に死にました。


そのときぼくは本当に後悔しました。実習が終わったら実家に帰って、犬を海や公園に連れて行こうと考えていたからです。もしかしたらもうそんなに長くはないかもしれないと思っていたので、死んでしまう前になんとか何かしたいと思っていたのですが、あんなに早く死期が来るとは思ってもみませんでした。


犬は両親が埋めてくれたのですが、死を自分でも受け入れるという意味でも一度実家に帰りました。いつも犬がいた場所には、何もいないというのは不思議で悲しい気持ちでした。いて当たり前だったものが、もうそこにはいなくて触れることもできないのですからね。


そこで犬から学んだことは「今自分の周りにいる人・自分の周りにあるものに感謝すること。」普段の生活の中では人間って、すでにあるものには感謝しないけれど、それが大事だと思います。それが存在している間に。今回の帰省でぼくは父方・母方両方の祖父母に会いに行きました。彼らが元気で生きてくれている間に、ぼくのできることをするために。いつかは愛犬の死と同じように、彼らの死に向き合わなくてはなりません。その時が来るまで、祖父母にはぼくの成長と元気な姿を見せなくちゃと思います。


愛犬の死のおかげで、取り戻せないものがあることを知りました。成長するって死に向き合っていくことだと学びました。この学びをどう活かすか考えなくてはと思います。


ちなみに今愛犬が眠っているところには、キンモクセイの木を植えました。秋にはすばらしい香りを届けてくれるでしょう。


では、また書きます。

2010年10月30日土曜日

きっかけを与えるということ

先日ある先生の授業を受けていて、とても素晴らしいなと思う点がありました。
それは学生の解答に対して、学生に学習を促すようなきっかけを与えたことです。

教育界ではこのフィードバックを与えるということが重要視されているように感じます。「生徒に正しいフィードバックを返しなさい」だとか、「フィードバックを返されなかった生徒の気持ち」とかいろいろなことが言われるわけですが、学校に教師のフィードバックについて模範とできる先生がいます。

その先生は「言語を教えることは愛だ」と言っている先生なのですが、本当にそれを実行している先生だと感じています。言葉について教えることによって、言葉をかけることによって、学生たちの成長を促す先生であると感じます。

この前の授業では、ある学生が先生の問いに答えました。質問はMcDonaldのキャッチフレーズでもあるI'm lovin' it.のlovingの相aspectを答えるというものでした。その学生は-momentaryと答えました。答えはこれで合っています。学生は加えてこう答えていました。「だんだん好きになっていくというニュアンスを含んでいる」と。すると、先生は「君はいい考え方をしているな」とにこやかに言いました。人がやる気になるのってこういう何気ない一言だと思うのです。子どものときに何かを褒められて一生懸命になるのって多くの人が経験することだと思うのですが、大人になっていくとだんだんそういうのってなくなりますよね。でも、その先生はそういう気持ちにさせることが上手だと思います。それは先生の言葉から誠実さだとか、先生の優しさが伝わるからです。教師の仕事って教えることだけではなくて、このようなきっかけを与えられる人なのでしょう。

一緒にいる人たちまで嬉しくなるような授業の一つの場面でした。

読んでくれてありがとうございます。

2010年9月23日木曜日

夏に再開した人

この夏にある人に再開しました。
その人(Sさん)に学んだことを書きたいと思います。

Sさんは高校時代の部活の後輩です。2つ年下だから関わりは少ないはずなのですが、ぼくがAO入試で大学を早く決めたこともあってか、話すことが多かった人だと思います。

ぼくは大学に行ってからもSさんと連絡を取っていました。大学3年生になった今、Sさんも大学1年生。
Sさんは福岡の大学に進学し、この夏会いに行きました。

Sさんはとても純粋で前向きな人です。Sさんと話しているうちになんだかぼくが失くしてしまったものを、Sさんがとても強くもっていると感じました。それは「自分から行動すること。」
高校時代のぼくは新しいことに挑戦すること、見知らぬ人と話すことに恐れを感じることがなく、多くの人と積極的に行動していました。時間を、一期一会を大事にできる人間だったと思います。(自分でいうのもなんですが。)

しかし、大学に入ってからそういう機会が少なくなり、自分がそういう人間でなくなっていくのがわかりました。高校時代は周りがぼくに行動するチャンスを与えてくれて、それに乗っかってぼくは多くの経験をしていました。大学はそうもいきません。自分で行動しなければ、時間がただ過ぎさって、その後に取り残されるだけです。

さらにぼくは大学生になって、外の世界に出るのを恐れるようになったと思います。なぜかはわかりません。
自分が大きく変わってしまう気がしたのかな。そして変わることが恐いと感じたのかな。

ですが、飛べない鳥は悲しい。せっかく多くの人がぼくの成長を見てくれているのに、多くの人がぼくと関わってくれるのに、ぼくが成長しなかったらそれは残念だなって感じるようになりました。ぼくが多くの経験をして、成長して、彼らのために、他者のために、世界のために何かをすることが、ぼくにできることだと思います。

大学生活は半分も残っていません。しかし、ぼくはこれから行動します。経験します。それはどんなものか、まだわからないですが、ただ言えることがあります。それはぼくは外の世界に飛び立たなくてはいけない。ひとまわりも、ふたまわりも成長しなくてはいけない、ということ。そして多くの人、ものに感謝するということ。

話が逸れましたが、Sさんのおかげでぼくはこのようなことを考えることができました。Sさん自身と、Sさんに再会できたことに感謝。

このブログを読んでくれる方々も周りの人たちを大事にしてくださいね。

そしてブログを読んでくれたあなたにも、ぼくから感謝。

God bless all of you!

では、また書きます。

2010年9月5日日曜日

日本人の処世術

処世術というものが日本では根付いている気がします。
例えば、「世渡り上手」というのは処世術を身につけた人のことや、そのような能力を指すと思います。
ぼくも一時期信じていました。親にも「要領よく」ということはよく言われて育ってきたので。
しかし、日本の処世術はしばしば方向性を間違える。その例を考えたいと思います。

まず、「ポジティブ思考でいこうよ」という考え方。「失敗を気にせず前を見てポジティブにいこうよ」という発想は欧米から来たもので、日本でも浸透していると思います。しかし、「ポジティブ思考」の本質は「失敗を踏まえて、次に生かす。だから挑戦することに臆するな」ということであって、決して失敗を忘れてとにかく元気出していこうよという考え方ではないということ。失敗をしたのに、それを踏まえなかったら、また同じ失敗をすると思うのです。「ポジティブ」ってそういうことではないと思うんですよね。

もうひとつ。「他人の長所だけを見て生きていこうよ。」という考え方。これもなんだか間違った考え方のような気がします。他人の長所を見出すというのは、人間関係において必要なことでしょう。でも長所だけ見て生きるのって本当の人間関係ですかね?ぼくは相手の短所や他人だったら嫌ってしまうような欠点をも受け入れることができる人こそ、本当に大きな器の持ち主だと思います。長所だけ見るのって、過ぎたるは及ばざるが如し、つまり短所だけを見て人格・人間性を判断する人らとなんら変わりないということですね。

ぼくも人間としてまだまだなので、あまりこういうことを書いても説得力はないのですが、書くことで自分に戒める意味もあります。



読んでいただいてありがとうございます。

2010年8月23日月曜日

銀河鉄道999

少し前に999をBSで放送していました。
そこで見ていて思ったのが、日本のアニメは質がいい。

大人になればなるほどおもしろくなる。
ぼくが見たエピソードからおもしろかったものを紹介します。

鉄郎がある星でラーメンを食べた。するとそのラーメン屋で昔働いていた女性がやってきて店主に残飯を分けてほしいと言った。店主はしぶしぶ残飯を与えることにした。女性はゴミ箱をあさったが、ほとんど食べ物はなかった。鉄郎は気の毒に思い、彼女にラーメンをごちそうする。そこへある男がやってきてラーメンを注文した。彼は店主にあそこの男の子が金を払うと言った。その男は鉄郎が女性にごちそうしたのを知っていて、「俺にはラーメンを食べさせてくれないのか。不平等だ。」とどなる。仕方なく男にごちそうすることを決めた。すると男は外にいた大勢の人を連れてきて、「こいつが食わせてくれるってさ。」と言った。だが、当然お金は足りない。店主が食べられなかった人々に、「文句はあの子に言いな。」と鉄郎に指差す。飢えた人々は鉄郎を追いかけてくる。

というエピソード。優しさや寛大な心にはしばしば大きな責任が伴うということだと感じました。

もうひとつ。

ある星で鉄郎が999へのパスを盗まれた。そして999へ戻ると車掌が「申し訳ないが君は乗せられない。」という。「なぜ?」と問うと、「パスを持っていないものは乗せられない規則だから。」と車掌がいう。鉄郎が「もしぼくのパスをもったやつが現れたら、取り返してくれ。」と車掌に頼む。車掌は「それはできません。」と答えた。鉄郎は当然納得がいかない。そこにメーテルが、「どんな者であろうと、どんな方法でパスを手に入れたとしても、パスの持ち主が999に乗る権利を持つのよ。」という。

日常ではしばしば不条理なこと、理不尽だと思われることがある。君たちもそういう経験をすることがあるだろうということを覚えておきなさい。そんなメッセージが込められているかのようなエピソードでした。

子どもだと、ただストーリーの流れをつかんで追っていくことしかできないかもしれないが、少し成長してから改めて見てみると違ったものが見えるのではないかと思ったのでした。

2010年7月10日土曜日

電子書籍元年

今年はそう呼ばれる年なのだそうな。
わたしは平成元年世代の人間ですから、電子書籍とは元年仲間ということになります。(ぼくは正確には早生まれなので、平成2年の人間ですが。)

電子書籍といえば、kindleやiPadですね。本を紙という媒体を介さず、データとしてダウンロードする。それが電子書籍。それゆえに低コストで、データだから場所も取らない。だから持ち運ぶのもかなり楽になります。本なのに紙じゃない。そんなことをアナログ人間に言うと戸惑うでしょう。紙だから本じゃないの?しかし、ある日のニュースで電子書籍の展示会の模様が放送されていましたが、お年寄りが意外と多い。ぼくのともだちが言っていたのですが、「iPadは直感的に使えるから、コンピュータ世代じゃない人でも問題なく使える」と。その通りかもしれない。へたにコンピュータになれた奴(例えばぼくです。使いこなせないけど、中途半端に使える。)よりもアナログ世代の方が使いこなせるかもしれない。これから少しずつ電子書籍は電子辞書と同じように当たり前のものになっていくかもしれないですね。

中国も日本向けに電子書籍を開発・製造・販売していくらしいです。中国もいいところに目を向けました。kindleやiPadは日本語の書籍をまだまだデータ化していない。そんな中あえて中国は英語の書籍ではなく、日本語で勝負する。別の土俵で戦うというのは、かなり賢い戦略だとぼくは思います。

紙の本は衰退していくのか。いや、こちらも頑張っているらしい。例えば、英語のオーディオブック。英語のセンテンスが書いてあって、それを専用のタッチペンでタッチすると、それを発音するのです。おもしろい機能を考えたな。もうひとつ努力しているのが、図鑑などの本は今までよりサイズを大きくしてより見やすくしたのだとか。ぼくはこの考えは大好きです。オーディオブックの努力はどう見ても背伸びにしか見えなかった。電子書籍は場所も取らず、低コスト・軽量ときていますが、その代わり文字や絵の大きさには限界があります。解剖学の専門書を図書館で開いてみたことがありますが、それはあの大きさだからわかるのだろうなと感じます。電子書籍にできないことを、紙の本は頑張るべきです。電子書籍にできることで勝負してもかないっこないのだから、タッチペンは正直どうかなと思いました。

ただ個人的にはまだまだ紙の本はそんな努力しなくても(いずれしなくてないけないですが)、多くの人が手に取ります。ときどきあんな本を持ち歩くのは面倒だとか、本屋や図書館に行くのが面倒だとかいう人もいますが、それは横着でしょと言いたくなりますね。自分のためでしょ、それくらいの手間は惜しむなよと。それにふと本屋や図書館に立ち寄って、おもしろそうな本に出会ったときの感動は、紙の本ならではだと思います。ぼくも電子書籍はおもしろいと思いますが、まだ手は出しません。まだ紙を手に取って読んでいる感覚が好きだから。

でも電子書籍も紙の本もまだまだこれから、時代やコンピュータと共によい方向に変わり続けていくといいですね。