ようやくテストが終わりました。今日から集中講義のスタートです。
「英語教育評価論」の授業です。
少しずつですが、学んだことをこう書いていけば、何か発見すること・気づくことがあるのではないかなと感じます。少なくとも授業を受けただけで終わってしまうよりは、このように残した方が意味があるかもしれません。
この授業は毎講義に「この授業を受けたら、毎時身につくであろう知識・技能を提示する」授業です。なのでその目標となる事柄を中心に書いていきます。
講義I
この講義での目標は1. 「Measurement/Testing, Assessment, Evaluationのそれぞれと、それらの関係について説明しなさい」と2.「個別項目的アプローチと統合的アプローチの差異について説明しなさい」です。では目標に沿っていきましょう。
目標1について。まずMeasurement/Testing, Assessment, Evaluationという三つの言葉から「評価」を考えていきます。三つとも直訳すれば、「評価」となるでしょう。しかしそこには使い分けがあります。
まずmeasurement/Testingというのは、測定のことです。テストによって、生徒の英語の力を測るということです。Assessmentは能力の度合いを示すということ。ぼくはassessmentに関しては、「英語力という漠然なものに何らかの尺度を与えること」だと考えています。発音なら発音、単語力なら単語力というように一つの尺度を与える、そう捉えています。Evaluationは「価値判断を下すこと」と習いましたが、ぼくなりには「実践や取り組みがどうだったか振り返るもの」だと感じています。生徒たちを測るというよりは、生徒たちに施した方法や実践がどのような成果を出せたか考えるものということです。三つの「評価」にこのような違いがあるとは言っても、まったくの関係性がないというわけではないと思います。評価には階層性があるのです。
測定を行なう
↓
その結果と観察結果など成績をまとめる (どのようなことができるようになったか)
↓
そこへ至ったプロセスをまとめる (どんな指導か、どんな結果か、そしてよかったか悪かったか)
それぞれの段階において、何かを「評価」をしています。それゆえ三つとも評価と呼ばれるのでしょう。ただし中身がまったく異なるので、しっかりと区別する必要があるなと感じました。そしてもう一つこの三つには共通性があります。どれも「教育に関わる誰かに対して、情報を送る」ということです。教育に関わる機関・人は様々です。行政、校長・教頭、教員、学習者、保護者が挙げられますが、彼らが必要とする情報を得て、そして送るため、それが評価の目的だということでした。行政なら国や地域ごとの学力、校長・教頭なら地域や学校の学力、教員なら指導効果、学習者なら自分の学力、保護者なら学習者の学力を知りたいと思うはずです。それぞれのニーズが満たされるように情報を送りたい。そのための評価ということを学びました。
評価に対しては今までよい印象を持っていませんでした。絶対評価が導入されて、教師主観の評価になった。その印象が強くてあまり学びたいとも思いませんでした(やっぱりいいイメージを持っていない分野や学問というのは遠ざけがちになってしまいます。)これからも評価にがっついていくということはしないでしょう。しかし「評価すること」で、必要とする情報を知ることができる誰かがいるなら、「評価すること」の持つそのようなプラスの面は肯定していこう、と感じます。何より現場に出たら否応なしに「評価すること」を求められる。その際に一番怖いのは、自分が評価することに興味がないからといって「生徒に間違った評価をすること」だと思います。残念ながらというべきでしょうか、成績評価は日本では大きく響くものだと思います。それなのに正しく評価されなかった生徒が一番の被害者だと思います。せっかくの機会ですから、あくびなんかせずに授業をちゃんと聴いて、評価についても考えようと思います。
目標2についてもまた書こうと思います。
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