今日の英語教育史の授業でセンター試験の話がふと出ました。センター試験による序列化はよくないという話でした、確か。ぼく自身はAO入試で入ったのであまりセンター試験のことを意識したことはなかったですが、この序列化の話で引き合いに出された例がおもしろかったので、それについて少し意見を書きます。
ある高校生が社会の教員になりたいそうです。その生徒はある大学の社会科教員養成コースに入ろうと決めていました。しかしセンター試験の成績があまり芳しくなく、大学の試験との合計がとても足りそうにないそうです。そこで同じ大学の教育学系コースに入ろうと考えている、という例でした。センター試験の序列化によって、このようなことが起きている。社会の教員になりたいのに、教育学系コースに入るのはおかしいでしょというのが、教授の意見でした。
しかしぼくはそうは思いません。教育学系コースでも社会科教員免許は取得できます。もちろん社会科コース同様の過程を経てです(教育実習も同じように履修します。ただ少し社会科コースよりは少ない単位でということになりますが)。さらに教育学系コースならば、教育行政や学校運営の基礎を学ぶことができます。そのような過程を経て教師になった人ならば、通常の社会科教員では教えられないことも教えることができるはずです。何も授業の方法論だけが、その教員の力量ではないわけです。教師の中に従来とは異なるプロセスを辿ってきた方がいても、平等な評価を受ける権利があると思います。
ということを授業中に考えていました。
※ぼくのセンター試験に関する知識不足・現場の状況も把握していない一学部生の意見なので、間違いやほかに意見等あれば、お知らせください。
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