教育の授業で耳にした教師像とは何か。
それはどのようなものか。
「教師は役者であれ」というもの。そして生徒の成長のためには進んで嫌われなさい、というもの。
基本的には賛成できない。
確かに生徒のやる気を喚起するため、発達を促すという意味では時には「役者」になるべきかもしれない。
時には嫌われるのを恐れず、指導するべきかもしれない。
だがいつでも役者として、生徒と接していては生徒も教師を人として見てくれることはないのではないだろうか。教師はありのままで接してよいと思う。生徒としかと向き合うには、それが大切だと感じる。
もうひとつ。生徒に嫌われてもよい。これは絶対にだめだろう。生徒の発達のためにきちんと指導はするが、好かれなければ生徒は、教師の言葉に耳を傾けない。授業も聞いてくれない。いくら立派な先生でも、嫌いな先生の話というのは、生徒はあまり聞きたがらないものだ。人は信頼関係がなければついてこない。生徒をある方向に導きたいと思うなら、好かれて信頼関係がなければ。
それを念頭に置いて、教育の場に臨まなければならない。
大学を卒業し、ある学校で英語を教えています。 学校での実践、読書、音楽、随想など様々に書きたいですが、「自分の言葉を修練する」ということを意識しながら綴りたいです。 よろしくお願いします。
2010年7月10日土曜日
電子書籍元年
今年はそう呼ばれる年なのだそうな。
わたしは平成元年世代の人間ですから、電子書籍とは元年仲間ということになります。(ぼくは正確には早生まれなので、平成2年の人間ですが。)
電子書籍といえば、kindleやiPadですね。本を紙という媒体を介さず、データとしてダウンロードする。それが電子書籍。それゆえに低コストで、データだから場所も取らない。だから持ち運ぶのもかなり楽になります。本なのに紙じゃない。そんなことをアナログ人間に言うと戸惑うでしょう。紙だから本じゃないの?しかし、ある日のニュースで電子書籍の展示会の模様が放送されていましたが、お年寄りが意外と多い。ぼくのともだちが言っていたのですが、「iPadは直感的に使えるから、コンピュータ世代じゃない人でも問題なく使える」と。その通りかもしれない。へたにコンピュータになれた奴(例えばぼくです。使いこなせないけど、中途半端に使える。)よりもアナログ世代の方が使いこなせるかもしれない。これから少しずつ電子書籍は電子辞書と同じように当たり前のものになっていくかもしれないですね。
中国も日本向けに電子書籍を開発・製造・販売していくらしいです。中国もいいところに目を向けました。kindleやiPadは日本語の書籍をまだまだデータ化していない。そんな中あえて中国は英語の書籍ではなく、日本語で勝負する。別の土俵で戦うというのは、かなり賢い戦略だとぼくは思います。
紙の本は衰退していくのか。いや、こちらも頑張っているらしい。例えば、英語のオーディオブック。英語のセンテンスが書いてあって、それを専用のタッチペンでタッチすると、それを発音するのです。おもしろい機能を考えたな。もうひとつ努力しているのが、図鑑などの本は今までよりサイズを大きくしてより見やすくしたのだとか。ぼくはこの考えは大好きです。オーディオブックの努力はどう見ても背伸びにしか見えなかった。電子書籍は場所も取らず、低コスト・軽量ときていますが、その代わり文字や絵の大きさには限界があります。解剖学の専門書を図書館で開いてみたことがありますが、それはあの大きさだからわかるのだろうなと感じます。電子書籍にできないことを、紙の本は頑張るべきです。電子書籍にできることで勝負してもかないっこないのだから、タッチペンは正直どうかなと思いました。
ただ個人的にはまだまだ紙の本はそんな努力しなくても(いずれしなくてないけないですが)、多くの人が手に取ります。ときどきあんな本を持ち歩くのは面倒だとか、本屋や図書館に行くのが面倒だとかいう人もいますが、それは横着でしょと言いたくなりますね。自分のためでしょ、それくらいの手間は惜しむなよと。それにふと本屋や図書館に立ち寄って、おもしろそうな本に出会ったときの感動は、紙の本ならではだと思います。ぼくも電子書籍はおもしろいと思いますが、まだ手は出しません。まだ紙を手に取って読んでいる感覚が好きだから。
でも電子書籍も紙の本もまだまだこれから、時代やコンピュータと共によい方向に変わり続けていくといいですね。
わたしは平成元年世代の人間ですから、電子書籍とは元年仲間ということになります。(ぼくは正確には早生まれなので、平成2年の人間ですが。)
電子書籍といえば、kindleやiPadですね。本を紙という媒体を介さず、データとしてダウンロードする。それが電子書籍。それゆえに低コストで、データだから場所も取らない。だから持ち運ぶのもかなり楽になります。本なのに紙じゃない。そんなことをアナログ人間に言うと戸惑うでしょう。紙だから本じゃないの?しかし、ある日のニュースで電子書籍の展示会の模様が放送されていましたが、お年寄りが意外と多い。ぼくのともだちが言っていたのですが、「iPadは直感的に使えるから、コンピュータ世代じゃない人でも問題なく使える」と。その通りかもしれない。へたにコンピュータになれた奴(例えばぼくです。使いこなせないけど、中途半端に使える。)よりもアナログ世代の方が使いこなせるかもしれない。これから少しずつ電子書籍は電子辞書と同じように当たり前のものになっていくかもしれないですね。
中国も日本向けに電子書籍を開発・製造・販売していくらしいです。中国もいいところに目を向けました。kindleやiPadは日本語の書籍をまだまだデータ化していない。そんな中あえて中国は英語の書籍ではなく、日本語で勝負する。別の土俵で戦うというのは、かなり賢い戦略だとぼくは思います。
紙の本は衰退していくのか。いや、こちらも頑張っているらしい。例えば、英語のオーディオブック。英語のセンテンスが書いてあって、それを専用のタッチペンでタッチすると、それを発音するのです。おもしろい機能を考えたな。もうひとつ努力しているのが、図鑑などの本は今までよりサイズを大きくしてより見やすくしたのだとか。ぼくはこの考えは大好きです。オーディオブックの努力はどう見ても背伸びにしか見えなかった。電子書籍は場所も取らず、低コスト・軽量ときていますが、その代わり文字や絵の大きさには限界があります。解剖学の専門書を図書館で開いてみたことがありますが、それはあの大きさだからわかるのだろうなと感じます。電子書籍にできないことを、紙の本は頑張るべきです。電子書籍にできることで勝負してもかないっこないのだから、タッチペンは正直どうかなと思いました。
ただ個人的にはまだまだ紙の本はそんな努力しなくても(いずれしなくてないけないですが)、多くの人が手に取ります。ときどきあんな本を持ち歩くのは面倒だとか、本屋や図書館に行くのが面倒だとかいう人もいますが、それは横着でしょと言いたくなりますね。自分のためでしょ、それくらいの手間は惜しむなよと。それにふと本屋や図書館に立ち寄って、おもしろそうな本に出会ったときの感動は、紙の本ならではだと思います。ぼくも電子書籍はおもしろいと思いますが、まだ手は出しません。まだ紙を手に取って読んでいる感覚が好きだから。
でも電子書籍も紙の本もまだまだこれから、時代やコンピュータと共によい方向に変わり続けていくといいですね。
2010年7月5日月曜日
英語公用語化
楽天で英語が公用語になるのだそうな。
これからの国際戦略のためらしい。
そこで大事になってくるのが、コミュ二ケーション能力。それもただいわゆるぺらぺらな英語だけではなく、相手の言っていること、意図していることが理解できる。加えて、Emailを受け取ったときにも、誤解をすることなく読み取り、それに適切に返せるというようなアカデミックな英語能力である。交渉する、契約する際にもアカデミックな英語力が必要になる。話せるけど中身が薄い、書けるけど幼稚な文章というのでは国際社会からなめられてしまう。そうなると利益は見込めない。残念なことである。
皆が楽天に入りたいわけでないから、全生徒がそのような力を身につけさせる必要性はないかもしれないが、どんな生徒にもある程度はアカデミックな英語を通して学習すること、または社会に出て困らないくらいの英語力は必要になる。
コミュニケーションは大事だが、その中身は考えて指導するべきだと感じた。
これからの国際戦略のためらしい。
そこで大事になってくるのが、コミュ二ケーション能力。それもただいわゆるぺらぺらな英語だけではなく、相手の言っていること、意図していることが理解できる。加えて、Emailを受け取ったときにも、誤解をすることなく読み取り、それに適切に返せるというようなアカデミックな英語能力である。交渉する、契約する際にもアカデミックな英語力が必要になる。話せるけど中身が薄い、書けるけど幼稚な文章というのでは国際社会からなめられてしまう。そうなると利益は見込めない。残念なことである。
皆が楽天に入りたいわけでないから、全生徒がそのような力を身につけさせる必要性はないかもしれないが、どんな生徒にもある程度はアカデミックな英語を通して学習すること、または社会に出て困らないくらいの英語力は必要になる。
コミュニケーションは大事だが、その中身は考えて指導するべきだと感じた。
2010年2月16日火曜日
Lincolnのことばから
Abraham Lincoln once said,
"In the end, it's not the years in your life that count. It's the life in your years."
この前大学のコースで行事がありました。そこで後輩と少し話す機会がありました。
彼はすごい読書家でよくものを知っているということを聞いていました。彼はぼくに「何かおもしろい本ありませんか?」と尋ねてきました。ぼくはヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を薦めた。
ぼくは本のタイトルだけ告げて作者は言わなかったが、彼は「ああ、ヘッセの本ですよね。読みました」と一言。ぼくは驚きました。
そこでLincolnの上記のことばが頭に思い浮かびました。年下であっても、自分よりも立派、そういう面を一つでももっているなら、その面に関しては尊敬に値すると思います。彼のことを詳しく知っているわけではないですが、その側面に関しては尊敬しています。たとえ「彼が年下であっても」です。
"In the end, it's not the years in your life that count. It's the life in your years."
この前大学のコースで行事がありました。そこで後輩と少し話す機会がありました。
彼はすごい読書家でよくものを知っているということを聞いていました。彼はぼくに「何かおもしろい本ありませんか?」と尋ねてきました。ぼくはヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を薦めた。
ぼくは本のタイトルだけ告げて作者は言わなかったが、彼は「ああ、ヘッセの本ですよね。読みました」と一言。ぼくは驚きました。
そこでLincolnの上記のことばが頭に思い浮かびました。年下であっても、自分よりも立派、そういう面を一つでももっているなら、その面に関しては尊敬に値すると思います。彼のことを詳しく知っているわけではないですが、その側面に関しては尊敬しています。たとえ「彼が年下であっても」です。
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