2011年6月26日日曜日

鹿児島県の教育施策の方向性

「2 本県教育の取り組みにおける視点 http://www.pref.kagoshima.jp/kyoiku/__filemst__/55762/02-05kihon-torikumi.pdf」を踏まえ、基本目標などの実現のため、取り組む施策の方向性を以下に示す。

I 規範意識を養い、豊かな心と健やかな体をはぐくむ教育の推進
基本的な生活習慣や人としての行動・振舞いなど、社会生活を営む上で持つべき規範意識を養うとともに、法や決まりを遵守し、適切に行動できる人間の育成が重要である。
本県には、「負けるな、嘘を言うな、弱いものをいじめるな」などの、困難に直面したときにあきらめず努力することや、他人を思いやる心を持つことなどの教えもある。
変化の激しい社会を生きていくためには、子どもたちの規範意識を育て、他人を思いやる心といった豊かな心と、たくましく生きるための健康や体力をはぐくむ教育を推進していく必要があります。

II 能力を伸ばし、社会で自立する力を育てる教育の推進
子どもたちが、これからの社会を生き抜いていくために必要な基礎・基本的な力を身につけるとともに、自ら学び考え、主体的に判断、行動し、よりよい問題解決ができるような教育を推進する。またその延長線上にある、望ましい勤労観・職業観を養う。
さらに環境教育や情報教育などの社会の変化に対応した教育に加え、特別支援教育などの、子どもの状況に応じた教育を推進する。

III 信頼される学校づくりの推進
学校においては、教育の目標が達成されるよう、生徒の発達に応じて、組織的かつ体系的に教育が行なわれなければならない。
学校が役割を果たし、信頼される学校づくりをするということは、地域社会の活性化にもつながる。
またその信頼される学校づくりのためには、教職員の資質向上や生徒たちが安全・安全で過ごせるような環境を確保できるよう徹底しなければならない。

IV 地域全体で子どもを守り育てる環境づくりの推進
教育の振興には、地域に力が大きく関わる。本県にある「人の子も我が子も地域の子」という言葉があるように、今後もすべての県民が地域社会全体で子どもを守り育てるための取り組みを推進する。

V 生涯にわたって学べる環境づくりとスポーツ・文化の振興
県民が自己を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会と場所で学べるような環境づくりを目指す。
スポーツは、心身両面の健康にとって必要なものであり、郷土の伝統や文化を守り、様々な芸術に親しむことは、ふるさとの理解や豊かな感性の涵養に必要なものであるから、スポーツや文化の振興を図る。


まとめ
I~Vの施策の方向性をできるだけわかりやすくまとめてみたいと思います。かなりわたしの主観や解釈があると思います。
これからの社会で生活を営むには、次のことが重要になる。
・法や決まりを守り、規範意識を持つこと
・他人を思いやること
・自ら学び考えること
・主体的に判断、行動し、問題解決に取り組むこと
・スポーツに親しみ、心身の健康を保つこと
これら社会生活に必要なものを子どもたちが身につけるには、学校と地域での取り組みが大事である。学校が生徒たちの発達段階に応じて、教育するのである。学校がこの役割を十分に果たすこととともに、地域社会も全体で子どもを育てるという体制でなければならない。


はじめ一通り、鹿児島県のホームページにあるように書きました。これはこの教育施策ができるまでに、おそらく多くの教育に携わる人々が、鹿児島の教育のために考えたであろう文言なので、その人たちの書いた文に敬意を示そうと思いました(一部自分のわかりやすいように変えました)。
しかし、それを写すだけで、内容が自分のものになったとは思えないですし、そこにある文の意味を考えないと、施策の実践もできないですし、反論のしようもありません。そこで自分なりに簡単にまとめたつもりです。これからもこの勉強法を続けて行いこうかなと考えています。

2011年6月24日金曜日

鹿児島県教育振興基本計画 基本目標

基本目標「あしたをひらく心豊かでたくましい人づくり」
1 知・徳・体の調和がとれ、主体的に考え行動する力を備え、生涯にわたって意欲的に自己実現を目指す人間
2 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養い、これからの社会づくりに貢献できる人間

本県には「郷中教育」や「日新公いろは歌」などの教えがあり、独自の歴史や文化を作り上げてきた。これらに教えにも見られるように、本県には教育を大事にする伝統や風土があり、豊かな自然、日本近代化をリードした歴史、地域独特の文化、農林水産業、人材などの教育資源も豊かである。地域で子どもを育てるという地域の教育力も残っている。
本県は、「あしたをひらく心豊かな人づくり」を基本目標として、生涯学習の観点から、主体性・創造性・国際性を備えた人間性豊かな県民の育成を目指し、取り組んできた。
改正教育基本法第1条に規定された教育の目的は、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行なわれなければならない。」となっています。
また、自律・責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統や文化を尊重する心、生命や自然を大切にする心などの豊かな心を備え、新しい課題に積極果敢に挑戦する気概、困難を乗り越える力を持った人材の育成が求められている。
これらのことから、本県では「あしたをひらく心豊かでたくましい人づくり」を基本目標とし、人材の育成に努める。

1 知・徳・体の調和がとれ、主体的に生涯にわたって意欲的に自己実現を目指す人間
知
子どもたちは「未来からの預かりもの」であり、かけがえのない一人の人間であることから、その価値を尊重し、自立した存在として生涯にわたっての成長を支える必要がある。
これからの社会においては、
・一人一人が学ぶことの楽しさを知ること
・基礎的な知識・技能の習得
・課題解決に必要な判断力・思考力・表現力
・自己実現を目指そうとする意欲・態度
を目指すことが重要である。

徳
未来を担う子どもたちは、社会生活を送るうえで、規範意識、自律心、誠実さ、勤勉さ、公正さ、責任感、倫理観、感謝と思いやりの心、生命と自然を大切にする心、礼節を重んじる心、感動する心などを身につける必要があります。

体
健やかな体は、人間の心の発達を支え、人としての生活を送るのに不可欠なものです。子どもたちがたくましく成長し、充実した人生を送ることができるよう、生涯にわたりスポーツに親しむことができる習慣や体力・運動能力を身につけさせるとともに、心身健康の維持に必要な知識、習慣も身につけさせることが必要である。

2 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する態度を養い、これからの社会づくりに貢献できる人間

グローバル社会の中で、国際社会の一員であることを自覚し、異なる文化や歴史の中にいる人々と共生していくことが必要となる。
このためには、伝統と文化を尊重し、我が国と郷土を愛し、他国の尊重と国際社会の平和と発展に寄与する態度の育成が重要なのである。

同時に身近な地域社会の課題解決に主体的に参画し、その発展に貢献しようとする意識・態度の育成も重要になる。少子高齢化・過疎化の進む我が県では、地域づくりの担い手の減少と地域の活力の衰退などが予想されている。今後地域社会の課題を自分の課題であると認識し、積極的に行動することが求められる。

互いを支え合う互助の精神に基づいて、個々人の主体的な意志によって、自分の能力・時間を他人や社会のために役立てようとする意識を高める。また、自らが国や社会を作り上げる主体であるという自覚と行動、公共の精神、社会規範を尊重する意識や態度を育成する。

「あしたをひらく心豊かでたくましい人づくり」の実現に向けて、次の視点で施策を推進する。

(1)時代を超える変わらない価値のあるものの尊重
教育には、「不易(時代を超えて変わらない価値のあるもの)」と「流行(時代の変化とともに変えていく必要のあるもの)」があると言われる。個人の尊重、自律心と責任感、他人を思いやる心、公共の精神、規範意識、伝統と文化を大切にする心、幅広い教養・健やかな体などの豊かな人間性は、いつの時代の教育でも大切なはぐくんでいかなければならないものであり、施策の推進にあたって重要視されるものです。

(2)社会の変化への的確かつ柔軟な対応
時代の変化に対応した教育を行なわなければ、画一的な教育になり、個人と社会の活力を衰退させることになる。本県は少子高齢化やグローバル社会などの環境に取り巻かれていて、それは急速に変化している。このような社会の変化に的確・柔軟に対応できる人材の育成を目指した施策を推進する。

(3)学校・家庭・地域・企業等の相互連携と協力
学校は、個性に応じて基礎基本となる知識・技能を学ぶ意欲を身につけさせ、情操を豊かにする教育や健やかな体をはぐくむ教育を行ない、児童生徒の能力を伸ばす。
家庭は教育の原点である。子どもが社会生活を送るのに必要な習慣を身につけさせ、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図ること。
地域は、社会の基本単位である家庭を支え、異年齢間での交流や体験による人現生の育成などの、子どもが社会の中で役割を果たし、自立した個人として成長する上で大きな役割を担っている。
企業は、学校などと連携した職業教育・キャリア教育への協力を通して、地域社会の教育向上のための役割を担うことを要求される。
上記のように、学校・家庭・地域・企業等が、それぞれの役割を果たせるよう、相互に密な連携・協力を図り、施策を推進する。

(4)郷土の教育的な伝統や風土を活用
本県には、教育を大事にする伝統や精神、風土、豊かな自然、地域独自の文化が豊富で、さらに地域全体で子どもを育てるという教育も残っている。
これらを有効活用し、施策を推進する。

2011年6月23日木曜日

人権擁護施策推進法と人権教育・人権啓発に関する法律

人権擁護施策推進法

人権擁護施策推進法は、同和問題をはじめ、差別問題・人権問題を解決するため、1996(平成8)年12月26日に成立、翌年3月に施行された。人権教育・啓発と人権侵害の被害者救済の責務があることを国にあると記載。施策を具体的に示すのではなく、人権侵害救済について審議していくことを目的としている。

人権擁護施策推進法(抄)
第1条(目的)
 この法律は、人権の尊重の認識の高まり、社会的身分、門地、人種、信条または性別による不当な差別などの人権侵害と擁護の観点から、必要な体制を整備して、人権擁護に資することを目的とする。

第2条(国の責務)
 国は、次の二つの責任をもつ。
 1 基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり、国民相互の理解を深めるための教育、啓発を施すこと
2 人権が侵害された場合における被害者救済に関する施策を推進すること


人権教育及び人権啓発に関する法律

人権擁護推進審議会の答申を受けて、2000(平成12)年12月6日に施行。国と地方公共団体が人権教育・人権啓発に関する施策策定と実施の義務、そして人権が尊重される社会の実現のために寄与するように定められている。

第2条(定義)
 人権教育とは、人権尊重の精神と涵養を目的とする教育活動である。人権啓発とは、人権尊重の理念を普及させ、それに対する理解を深めることを目的とした広報・啓発活動をいう。

第3条(基本理念)
 国・地方公共団体が行なう人権教育・人権啓発は、学校・地域・家庭・職域などの場を通じて、国民の発達段階に応じて理解を深められるように、機会提供や効果的な手法、自主性の尊重、実施機関の中立性を旨として行なう。

第4条(国の責務)
 人権教育・人権啓発の基本理念(以下「基本理念」)にのっとって、人権教育と人権啓発の施策策定と実施する責務を負う。

第5条(地方公共団体の責務)
 地方公共団体は、基本理念にのっとり、国との連携を図りつつ、その地域の実情に合わせ、人権教育と人権啓発の施策策定と実施の責務を負う。

第6条(国民の責務)
 国民は、人権尊重の精神の涵養に努め、人権尊重がなされる社会の実現に努めなくてはならない。

2011年6月21日火曜日

被災地農作物の被災地外への影響

昨日わたしは次のようなツイートをしました。

「両親がキャベツを出荷したらしいですが、1個当たり10円らしいです。これでは市場に持って行くガソリン代どころか、種代にもなりません。ふつうは安くても1個当たり70~80円するんですけどね。」

「両親曰く、関東や東北のキャベツを作っている農家が、安くでもいいから買ってくれと市場などに訴えていて、非常に安い値段で、しかも大量のキャベツが出回っているので、鹿児島のキャベツも安くなってしまう、とのこと。結果共倒れのような状況ですね。」

すると数名からメッセージをいただきました。被災地以外の農家の現状を知ることができてよかったという旨のメッセージです。そこで父との話のこと、農家の現状について少し詳しく書きたいと思います。

まず、ツイートにあるように父がキャベツを市場に出荷したところ、1個当たり10円でした。120個ほど出荷して、1000円ちょっとの値段だったそうです。これは今までにない値段です。キャベツは箱1つに6~8個ほど入れて出荷します。一箱あたり700円前後(これも常に変動します)ですから、通常なら1個当たりで80円ほどでしょうか。わたしが知る限り最も安いときで、一箱600円でしたから、それでも60円前後でしょうか。高いときなら、一箱1200円することもあります。

今回のこの安値には、被災地が関わっていると、父は言います。今回の原発の風評被害のためにキャベツ農家はキャベツが大量に余ります。とりあえず安くでもいいので売れないと、彼らにとっては死活問題です。受け入れられたキャベツは大量にあるので、値段は下がります。数がたくさん出回っているなら、他のキャベツも安くなるわけです。

1個あたり10円では、農家としてはお手上げの状況です。これでは利益どころか、かかった経費の足しにもなりません。どれくらい経費がかかるか考えてみましょう。まず、当然種代がありますね。そして、植える畑を耕すために使う農機の燃料、農薬、肥料などの経費です。出荷する際の箱などは指定されているので、箱代もいりますね。市場に持って行くガソリン代など、とにかく農業にはお金がかかるのです。

今回父が寂しそうに言っていたのがずっと心から離れません。「今回のキャベツはね、すごくきれいにおいしくできたのにね。」農作物はものによりますが、手がかかります。それだけ手をかけて育てるのですから、それなりの値段で売れないと、農家としては生活もできないうえに、がっかりです。

今回わたしが農家について書いたのは、被災地でない農家の現状も知ってもらいたいからです。すべての農家がわたしの父と同じ状況ではないでしょう。
そして農家が何を望んでいるかは、まちまちでしょう。こうしてほしい、どうしてほしいということは、ここでは述べません。知ってもらうことが第一歩だと思います。

2011年6月20日月曜日

人権教育関連事項のまとめ

わたしの友人が行なっている教育の勉強法で、発表されている文書などを自分なりにまとめてみるというものがあります。わたしは暗記が苦手ですし、どうせ勉強するなら意味のあるものにしたいので、この勉強法を取ります。

今回は人権教育に関してのまとめです。

1 児童憲章
 1951(昭和26)年5月5日に、内閣総理大臣が招集した児童憲章制定会議によって制定された児童の教育と福祉に関する権利宣言である。前文と12条からなり、児童の生活保障、教育の保障、不当労働からの保護などを内容とする。

 われらは、日本国憲法の精神にしたがい、児童に対する正しい観念を確立し、すべての児童の幸福をはかるために、この憲章を定める。
 児童は、人として尊ばれる。
 児童は、社会の一員として重んぜられる。
 児童は、よい環境の中で育てられる。
一 すべての児童は、その生活を保障される。
二 すべての児童は、家庭で育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる。
三 すべての児童は、適当な衣食住を与えられ、病気と災害から守られる。
四 すべての児童は、個性と能力に応じて教育され、社会の一員としての責任を自主的に果たすように、みちびかれる。
五 すべての児童は、自然を愛し、道徳的心情がつちかわれる。
六 すべての児童は、就学のみちを確保され、また、十分に整った教育の施設を用意される。
七 すべての児童は、職業指導の機会をもつ。
八 すべての児童は、労働において、心身の発育を阻害されず、教育を受ける機会を失われず、十分保護される。
九 すべての児童は、わるい環境から守られる。
十 すべての児童は、不当な取扱(虐待・酷使・放任等)から守られ、おやまちをおかした児童は、適切に保護指導される。
十一 すべての児童は、身体が不自由または精神の機能が不十分な場合に、適切な治療と教育と保護が与えられる。
十二 すべての児童は、よい国民として人類の平和と文化に貢献するように、みちびかれる。

2. 児童の権利宣言
 1954(昭和34)年に国連で採択された宣言。児童の優先的保護や教育の保障、差別扱いの禁止などの内容。

<第7条>
 児童は、教育を受ける権利を有する。その教育は、初頭段階においては、無償かつ義務。機会均等の原則のもとに、能力、判断力並びに道徳的・社会的責任感を発達させて、社会の一員になりうるような教育を与える。
 児童の教育・指導は、児童の最善の利益を原則に行なわれる。その責任は、第一には両親にある。
 児童は、遊戯やレクリエーションの機会を与えられる。これらは教育と同じ目的に向けられる。社会や公の機関は、これを促進する努力をする。

3. 人種差別撤廃条約
 1965(昭和40)年に国連で採択された。日本は1975(平成7)年に批准した(一部保留)。

<第1条>
 1 この条約において「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系または民族的・種族的に基づく区別・排除・制限・優先のことである。政治的、経済的、社会的、文化的等の生活分野を妨げたり、害するもののことである。

<第2条>
 1(b) 各締約国は、いかなる個人または団体による人種差別も後援せず、擁護せず支持しないことを約束する。
  (d) 各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要な場合は、立法も含む)により、いかなる個人、集団・団体による人種差別も禁止し、終了させる。

<第5条>
 締約国は特に次の権利について、差別なしに法の前で平等であることを約束する。

(a)裁判所や裁判・審判などを行なう機関の前での平等
(b)身体の安全及び国家による保護についての権利
(c)国政及び政治に参与する権利
(d)市民権利 居住・国籍・婚姻・財産・思想等
(e)経済的・社会的・文化的権利 労働と報酬・社会保障・教育・文化的活動等
(f)公共のサービスを利用する権利

4. 児童の権利に関する条約
 1989(平成元)年に国連で採択された。日本は1994(平成6)年に批准。この条約で、児童は「保護の対象」から「権利を行使する主体」として認められるようになった。

<第3条>
 1 児童に関する措置に当たっては、社会福祉施設、裁判所、行政当局または立法機関のいずれかによって行なわれ、児童の最善の利益が主として考慮される。
 2 締約国は、児童について法的責任を有する者の権利と義務を考慮して、児童の福祉に必要な保護及び擁護を確保することを約束し、適当な立法上・行政上の措置を取る。
 3 締約国は、児童の擁護または保護のための施設、薬務の提供及び設備が、設定された基準に適合するようにする。

<第12条>
 1 締約国は、自己の意見を形成できる児童が自由に意見を表明できる権利を確保する。児童の意見は、児童の年齢成熟度に従って考慮される。
 2 児童は、特に、自己に影響を及ぼす司法・行政の手続きにおいて、直接または代理人・団体などを通じて聴取する機会を与えられる。

<第13条>
 1 児童は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。

<第28条>
 1 締約国は、教育についての児童の権利を認めるものとし、この権利を漸進的にかつ機会の平等を基礎として達成するため、
 (a) 初等教育を義務的なものとし、すべてのものに対して無償のものとする。
 (b) 中等教育の発展を奨励し、すべての児童が利用する機会を与えられる。例えば、無償教育の導入、財政的援助などの適切な処置を取る。

5. 人権教育のための国連10年行動計画
 (1) 規範的根拠及び定義
 1 ・「人権教育のための国連10年」は、人権関係国際文書の規定
  ・就中世界人権宣言第26条
  ・経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第13条
  ・児童の権利に関する条約第29条
  ・女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約第10条
・あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約第7条
  ・ウィーン宣言および行動計画を含む
 人権教育に言及している諸規定に基づくものである。

 2 これら規定に従って、10年の目的のために、人権教育とは、知識と技術の伝達及び態度の形成を通じて、人権という普遍的文化を構築するための研修、普及、広報努力と定義される。
(a)人権と基本的自由の尊重の強化
(b)人格及び人格の尊厳に対する感覚の十分な発達
(c)すべての国家、先住民、及び人種的、民族的、種族的、宗教的及び言語的集団間の理解・寛容・ジェンダーの平等並びに友好の促進
(d)すべての人が自由な社会に効果的に参加できるようになること
(e)平和を維持するための国連の活動の促進

2011年6月13日月曜日

新約聖書・安息日に麦の穂を摘む

親共同訳・新約聖書・マルコによる福音書第2章27節より引用。

そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」

この言葉の背景を知るために、もう少し引用しましょう。

親共同訳・新約聖書・マルコによる福音書第2章23節から27節まで。
ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた。ファリサイ派の人々がイエスに、「御覧なさい。なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか」と言った。イエスは言われた。「ダビデが、自分の供の者たちも、食べ物がなくて空腹だったときに何をしたか、一度も読んだことがないのか。アビアタルが大祭司であったとき、ダビデは神の家に入り、祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを食べ、一緒にいた者たちにも与えたではないか。」そして更に言われた。「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。だから、人の子は安息日の主でもある。」


http://news.livedoor.com/article/detail/5629307/

上の記事を読んだときに、聖書のこの節を思い出しました。ぴったりこの言葉に当てはまるケースではないと思いますが、法の権威が人の命や権利、意思といったものを越えてしまった例ではないでしょうか。

憲法、法律、条例、校則、常識・・・わたしたちはいくつの決まりを同時に抱えているのでしょうか。わたしはこれら決まりが悪いとは思いません。わたしたちの生活を秩序ある、人間らしい生活を営む役割を果たしてくれることにおいては。しかしこれらがわたしたち人間を支配するようになったら、そこに法の価値はありません。

いま一度、法や決まりは何のために存在しているのか考えなくてはなりません。

2011年6月12日日曜日

110602 夕学講座 武田双雲: 夢の叶え方

1. 夢を持つべきという時代
武田双雲は「現代は夢を持つべきだ」とされる時代だと言いました。確かにそうかもしれません。「夢や目標を持ち、それに向かって努力すること」が美徳とされているように思います。夢や目標を持った人たちが成功した例は多くあるように感じます。個人的にはAppleがその例だと思います。保守的な価値観ではなく、革命的なことが好まれる現代では夢を持つことが美徳になったのだと思います。

しかしわたしたちが忘れてはいけないのは、今の生活水準の高さです。現代のわたしたちの生活水準は、過去の人々の夢を達成してしまっているような高さです。インターネットがつながる、良質な本が安くで買える、本もネットで注文すれば家から出なくても届きます。
夢を抱く前に、わたしたちは日常にあるものに感動し、感謝することが大切なのかもしれません。

2. 欲・夢・志
わたしたちは欲をもつことはいけないことだ教えを受けることが多いと思います。実際「強欲」「貪欲」など否定的な意味が強い語も多いかと思います。わたしたちは欲を抑えようとしたり、削ろうとします。欲というのは一般的にはネガティブなものでしょう。そこには「枯渇」「渇望」「嫉妬」などの意味合いが含まれるからです。

しかし欲を過度に削ってしまうと、良質な欲をも同時に削ってしまうことになります。
良質な欲とは何か。それは昇華させることで、夢へと近づくことのできる欲といえます。欲は必ずしも悪ではないと思います。欲という誰もがもっているものから、夢へとつなげることができます。

そのためには自分の欲を抑えつけるのではなく、自分の欲と対話することが大事だといいます。自分が真に何を望んでいるか、それを知ることから夢が始まるのかもしれません。そして自分に望みが何かを問いかけることで、夢が具体的になっていきます。そして具体的になってはじめて、夢は完成するのだと思います。自分が何に向かっているかわからないままでは、目標も夢もないですから。

3. 夢を描く時間を設ける
「夢を持つ」というだけでは、わたしたちは抽象的なものしか捉えてはいません。このままでは、何に向かっているかわからない状態になってしまうかと思います。
そこで夢を描く時間を設けることが大切だと武田双雲は言います。夢を具体的に描くことで、そこへ至るステップが見えてきます。さらに夢をイメージするというだけで、それは十分努力するモチベーションになりえるかと思います。
書くことで夢を叶えるのではありません。つかみやすくするのです。

4. 義務リストを書く
既述したように、わたしたちは日常の喧騒の中で生活していかなくてはなりません。「兎角に人の世は住みにくい」です。それら「しなくてはならないこと」を書き出してみましょう。そしてそれらをこなしていくと、タスクが目に見える形になります。すると進行度合いや終わりというものも見えてきます。

もう一つ大切なのは、そのタスクを苦痛だと思わないこと。嫌なものというのは一種の刷り込まれたものです。嫌なことを嫌なものとして受け取らない。そうすることでタスクをこなせると、武田双雲は言いました。

わたしはその考えもよいけれど、嫌なことは嫌なことして受け止めてもいいのかなと思います。嫌なことは自分の考え一つ次第とは言いながらも、なかなか変えることのできないものです。嫌なことはそう受け止めて、そんな嫌なことに立ち向かっている自分って悪くないという考えをしてみるのもいいのではないでしょうか。

義務感が減ることで、夢を描くことにかける時間が長くなるかと思います。そうなると、夢はより上質なものになります。より具体化できますから。

5. 夢の実現のために
夢の実現を確実なものとするには、もう少し条件があるかと思います。
#1 他人の望むように夢を設定しないこと
#2 夢を日々の中に
この二つです。

#1について。他人が望むように夢を描いてしまうと、そこに陰ができると双雲は言います。人の望むように生きることで、そこにフラストレーションが生まれたり、邪念なるものが生まれてしまうからでしょう。自分との対話を通して、自分の望むことを聞いてやることが必要になります。

#2について。夢はポジティブな感情です。感情という部分に落とし込まないといけないと双雲は述べました。これは夢を生活の中に埋め込むことで、日々が変化するからだと思います。夢が日々のものとしてではなく、あたかも自分から遠い目標のようなものになってしまうと、それだけ夢は遠のきやすいのかなと感じます。今の自分から将来の自分に確実につながっていると感じることが大切なのだと思います。